オルタナ

ライブと映画

所感:cali≠gari『12』

カリガリ3年ぶりのオリジナルフルアルバム『12』が3月11日に発売されました。3月というと私がカリガリを好きになるきっかけになった伝説のチビアルバム『ジュウイチジャナイ』が発売されたのも丁度3月の候でして、ファン歴というものが"好き"の物差しに直結しないのは重々承知しているけれど、5年というおよそ人生の1/4をカリガリに恋して過ごしてこれたのはなんだか誇らしいような照れくさいようなそんな気持ちです。「マネキン」のPVを偶然テレビで見た時に感じたあのハートに放火されたかのような燃え上がるときめきは、多少は落ち着いたにせよ今でも真っ赤に燃え盛っています。

今回のアルバムはドラマー不在で始まった第8期一発目のアルバム、しかも有名ドラマーを複数ゲストに迎えてそれぞれに合った曲を叩いてもらうということでドラムの違いが聴きどころという感じなんですが、バンドサウンドの知識皆無な私は誰がどれを叩いてるかとか正直あまり違いが分かりませんでした。本当にすいません。でもCDを購入した以上、盤面の溝までしゃぶり尽くして楽しませてもらうつもりなので以下好き勝手な感想を書きます。

まず一周し終えたときはあまりの統一感の無さに何を基軸にして聴けばいいのか分からなくて途方に暮れた。アー写の時点で大乱闘スマッシュブラザーズ並の各ジャンルの最強キャラクター集めてきた感が出てたので中身もある程度はまあ予測してたけど、こんなにもあっちこっちに手が出てるとは思ってなかった。前作『11』がある程度コンセプチュアルなまとまりがあった作品だったから余計にそう感じたのかもしれない。さっきドラムの音の違いなんか素人に分かるか!って開き直ったけど、この統一感の無さはやっぱりドラムがバラバラゆえのものなのでしょうか。

でもリピートしていくうちに一曲一曲すごく粒が揃った楽曲たちだということが分かってきて、そこからはもう統一感!とかコンセプト!とか囁いてくるお局は消えました。中でもお気に入りは「わるいやつら」、「とある仮想と」、「ギムレットには早すぎる」、「紅麗死異愛羅武勇」、「さよならだけが人生さ」です。特に「わるいやつら」の石井さんの気だるげな寝起きボイス(ええ声)最高じゃないですか?都会の濁った朝日に照らされながら窓辺でローブ1枚肩に引っ掛けて煙草ふかした石井さんに「死ねばいいのに」って言ってもらえるアプリがあれば石井ファンの7割は課金するのでは?というよからぬビジネスプランを思いついてしまうほどに抗い難い気だるげな色気があります。あとこの曲に関してのみ前言を撤回させていただきたいのですが、ドラムがめちゃくちゃカッコいいです。熟練のみずみずしさとでも表現すればいいのか、もぎたて果実みたいなフレッシュさと磨き上げられた洗練さが同居した芯までクリアなサウンドで、耳を通じて舌まで痺れてしまいそうなスパイシーさ。ヘッドホンで聞くと左耳のほうに比重が偏ってることに気付いたからためしに右耳だけで聴いてみたり左耳だけで聴いてみたりしたんだけど、全然印象が違う。もちろん左耳のほうが断然カッコいいです。ドラムの違いが分かるのは本当にこの曲だけなので以後ドラムについての言及は控えますが、上領さん大好きになりました。

一番好きなのは「とある仮想と」なんですが、Bメロの水面が揺れて溶け合うような淡い幻想感とほどよい重力感がたまらないです。クレジットは石井・村井の共作になってるけど、虜ローラーのあのドリーミーな音に近しいものを感じたのでBメロ作ったのは石井さんじゃないかなぁなどと憶測しております。あとは歌詞が素直になったなぁという印象。

衝撃的だったのは「フィラメント」。何を隠そう私は活休前の石井さんの"歌詞の情感丸無視の優男ボイス&歌い方"狂信者なので、初めてこれを聴いた時は軽く動揺したと同時にファン続けて良かったって心底思いました。けっこう復活後の深いい声のほうが昔の声より好きって方が多いみたいなので、いままで第六実験室という名の十字架を胸に抱きながら隠れキリシタンのように生きてたのですが、もうそんな必要はなさそうです。歌い方でいうと「紅麗死異愛羅武勇」なんかも声色と調子がころころ変わってずっと聴いてても飽きない。石井さんは声色の万華鏡や~…(心の彦摩呂)。

ラスト2曲の畳みかけるような青節はカリガリの真骨頂ですね。どんなに前衛的な試みをしてもタガを外しても結局ここに戻れるっていう確かな触感はすごく安心する。ちょっと懐かしさのあるメロディとかコードを気恥ずかしさなく真正面から取り入れて曲に落とし込んでここまでの完成度に持ってくるっていうのは、若いバンドには到底出来ない芸当だし経歴の長いバンドの特権だなぁと惚れ惚れします。「ギムレットには早すぎる」のあの絶妙な昭和のメロドラマ風味も素人が手出ししたら大事故起こす案件だけど、完璧にモノにしていて脱帽です。青さんの作る曲にはその時代時代の懐かしさが静電気みたいにほんのりと付随していて、触れるとひりつくような感傷を誘う。私は石井さんが一番好きだけど、もし石井さんが抜けても研次郎さんが抜けても青さんがいる限りカリガリはずっと聴き続けると思います。それくらい青さんはやっぱりバンドの母であり父であり心臓なのであるということを最後の「さよならだけが人生さ」を聴いて改めて強く感じました。

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つらつら書いてきたけど全体通して思ったことは、『12』が洗練されすぎていて次に出されるアルバムを聴くのが怖いということです。親バカならぬファンバカかよって突っ込まれそうだけど、半分その通りで半分本気で怖いと思ってる。全曲が雨降りのあとの街みたいにくっきりとしていて鮮やかなんだけど、指でツンと突いたらポキンと折れてしまいそうなそういう張りつめた危うさも同時に感じました。あとなんだかいつもよりちょっと人工的な空気感があった。つまるところ次への導線というのが希薄な感じで、青さんがインタビューで「僕らは客の望んでることを提供してる」って言ってたけど、次の予想がつかなすぎて望むものも望めない状態です。もちろん色々しとてほしいことや聴きたい曲はたくさんあるけど、私個人の本音としてはバンドのやりたいことをリスナーのことなんて気にせずにどんどんやってほしい。それにばかみたいにどこまでも着いて行きたいし、息切れしたらその時はその時でまた考える。

期待と小さじ一杯の不安がぐるぐると入り混じったおぼつかない心境ですが、この絵の具を散らしたような奔放な彩をライブでどんな風に表現するのか想像するだけでわくわくするし、とりあえず春から始まるツアーがとっても楽しみです。
 

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