オルタナ

ライブと映画

早熟のアイオワ(※ネタバレあり)

久しぶりに映画館に行ってきました。

初ひとり映画鑑賞&初レイトショーということでいつもより多めに心臓を打ち鳴らしたり濃厚なドーパミンを分泌したりしながら、ひっそりと真ん中の列の真ん中の席に座りました。一列につき平均一人、しかもほぼ全員一人で来ているといった様子で”2014年、ソロプレイヤーの桃源郷が見つかる”と歴史年表に書き込みたくなるほどの居心地の良さでした。私と同い年くらいの女の子から、ベージュのコートのくたびれたOL、金髪のショートカットの似合うおしゃれなお姉さん、仕事帰りの40代くらいのサラリーマン、主婦っぽい2人組のおばちゃん、年齢職業不詳のおっちゃんまで本当にいろんな人がいて、その統一感の無さや目的の不明瞭さたるや平日のお昼間の鈍行電車に乗っている人々の下車地や目的の不明感とそっくりでした。けどそんな統一感もへったくれもない人たちが同じ作品を見るために同じだけお金を払って同じ空間を共有しているのってすごくおもしろいし素敵だなと感じた。

本題に入りますが、まずなぜこれを観ようと思ったのか。端的に申しますとポスターがかわいかったからです。青みががかったピンクと紫のペールトーンの画の中に白い服を着たかわいい女の子(しかも二人)ですよ、まっとうな童貞にこんなの無視できるわけないじゃないですか。まあ予想とは若干違った話の進み方だったけど。

観終わった感想としては、ちぎれるくらい強く生きていかなければ人は死んでしまうんだと思った。どんなに最初に与えられた環境が最悪でもたとえ自分が世界一不幸だとしても、生きる意味とは、なんて青臭いこと考えてたら0.01秒で死ぬ。死ぬ気はなくとも死ぬ。アグネスが無神論者(アンチ・キリスト)なのも、なるべくしてそうなったというか生きるためにはそうなるしかなかったんだと思います。ラストの三姉妹の”Ain't no mountain high enough”の合唱シーンはこの作品の中の唯一の救いだけど、これから先彼女たちは今以上に辛い逆境の中で生きていかなければならないということを踏まえて聴くと泣けてくる。最後にバスケの試合で逆転優勝するシーンをこれからどんどん良くなっていくっていう暗喩と捉えるとまだ明るい見方ができるかなぁ。(そもそも監督の実話ベースで話が作られてるから最悪の結果にはならないっていうのは前提としてあるけど)

にしても当時10歳のクロエちゃんがかわいすぎた。もし近所にあんなキュートな天使が住んでたら毎日お花とチョコレートを買ってプレゼントしてる。この作品の一番お気に入りシーンはクロエちゃんがバーでオレンジジュースにチェリーを詰めるところです!かわいい!

しかし「早熟のアイオワ」って邦題は色々と的外れな気がします。原題の「The Poker house」もなんか勿体ないタイトルだなと思うけど、邦題はそれ以上にやらかしている感が否めない。だってアイオワって言ってしまえばただの地名でしょ?もしこれが日本の映画だったら「早熟の長野県」みたいな風になるんですよ(長野県の人ごめんなさい)。誰がこの題名からいち少女の成長の物語を想像できますか?もし私が題名だけを見たら、並々ならぬ才を持った若人たちが続々と長野県に集まってきて誰が頂点かを決定する死闘を繰り広げるインテリ・アクションストーリーだと勘違いしてしまうと思います。それはそれで観てみたいけど。

 

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